2009年 11月 05日
木曜劇場「不毛地帯」
b0095299_22231893.jpg今 このテレビ番組に釘付け・・・ハマッテルドラマ!

山崎豊子の小説 『不毛地帯』 架空のドラマ!
伊藤忠商事の瀬島龍三氏がモデル? 

そう言えば・・以前勤めていた会社が伊藤忠商事と取引が有ったな。
瀬島龍三氏は当時もう相談役になっていた。
歴史に名を残す方と勿論面識など、あるはずも無い(笑)
まぁ~どうでも良いことだが、見ごたえのあるドラマ!

故)瀬島龍三氏



瀬島龍三 プロフィール

農家に生まれる。
富山・旧制富山県立砺波中学校、陸軍幼年学校を経て、陸軍士官学を次席(首席は原四郎)で卒業。
陸軍大学校を首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の軍刀を賜る。

太平洋戦争時、大本営参謀としてガダルカナル撤収作戦、ニューギニア作戦などを担当。
1945年7月、関東軍参謀に転出。最終階級陸軍中佐。
降伏後停戦交渉に赴くも、シベリアへ11年間抑留される。
この間、連合国側から東京裁判に証人として出廷することを命じられ、1946年9月17日に草場辰巳、松村知勝とともにウラジオストクから空路東京へ護送され、ソ連側証人として出廷させられた。

シベリア抑留から帰還後、1958年に伊藤忠商事に入社。
入社3年目にして業務部長に抜擢(1961年)。
翌1962年取締役業務本部長、半年後に常務、1968年に専務、1972年に副社長、1977年に副会長、1978年に会長、1981年に相談役、1987年に特別顧問に就任。

帝国陸軍の参謀本部の組織をモデルにした「瀬島機関」と呼ばれる直属の部下を率いて総合商社化などに辣腕を振るい、2000年に退任した。
中曽根内閣(1982年11月27日 - 1987年11月6日)のブレーンとして土光臨調委員などを務め政治の世界でも活躍した。

山崎豊子の小説『不毛地帯』の主人公壱岐正中佐、『沈まぬ太陽』の登場人物龍崎のモデルであるともいわれ、『二つの祖国』では実名の記述が見られる。
保守層を中心に支持者が多いが、証言が誠実でないとして批判もされていて、評価が分かれる人物である。
肯定的な立場はフジテレビスタッフ『瀬島龍三 日本の証言-新・平成日本のよふけスペシャル』や綱淵昭三『瀬島龍三の魅力-ビジネス・ステーツマン』などに見られ、保阪正康『参謀の昭和史』、共同通信社社会部『沈黙のファイル-「瀬島 龍三」とは何だったのか』などに否定的な見解がある。

1979年昭和天皇の孫、優子(東久邇宮稔彦王第一王子盛厚王の子)が結婚する時、昭和天皇は瀬島に「瀬島は戦前戦後と大変御苦労であった。
これからも体に気をつけて国家、社会のために尽くすように。
それから、今度お世話になる東久邇の優子は私の孫である。
小さいときに母に別れ、大変かわいそうな孫である。
自分はこういう立場にいるので十分な面倒が見られず、長く心にかかっていた。
このたび立派に結婚することができ、自分も皇后も大変喜んでいる。どうかよろしくお願いする。」と言い瀬島は媒酌の役を引き受けた。
結婚披露宴には、皇太子明仁親王、同妃美智子(現在の天皇、皇后)をはじめ全皇族が出席した。

2007年9月4日 午前0時55分、老衰のため都内の自宅で死去、95歳。

by pv1434-1 | 2009-11-05 22:26 | 本&DVD/テレビ | Trackback | Comments(0)
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