2007年 12月 07日
戦い抜いた撃墜王 坂井三郎
b0095299_095648.gif【歴史街道1月号】
少しマニアックな話題
忘れる事の出来ない昭和16年12月8日太平洋戦争開戦
太平洋戦争時の日本の傑作戦闘機 零式艦上戦闘機
その零戦を愛機とし、日中戦争から8月17日(迎撃に出動)の最後の空戦までを戦い抜いた撃墜王が、『坂井三郎』です。
彼の操縦技術、64機という通算撃墜数もさることながら、特筆すべき点は、戦いを生き抜いたこと、僚機被撃墜記録が無い。
これは、そう簡単に達成できることではなく、他に僚機被撃墜の経験を持たないのはドイツの『エーリヒ・ハルトマン』第二次世界大戦で352機を撃墜ぐらいである。最高の指揮官ですね、部下を死なせていない(2~3機=1組)

絶体絶命の危地に何度も陥りながらもそれを突破できたのは「不撓不屈」、すなわち最後まで絶対に諦めない彼の生き方でした。
その気迫を現代人に問います。




b0095299_8261547.jpg■ ■坂井三郎氏は語る■ ■ 一部抜粋

「自分の仕事に誇りを持ちなさい」

◆兎に角、自分の仕事に対して職業に対して、もっとプライドを持たなければいけない。
俺の仕事が一番いい仕事なのだと。そして、研究し、努力する事がまず大切ですね。
周りにある全てのものが常住座臥、自分を磨く教材です。
近頃よく根性と言う言葉を耳にしますが、この言葉の意味を、一時的な頑張りや粘り、
がめつさなどと考えている人が多いようです。勿論、間違いではありませんが、
男の本当の根性と言うものは、そんなものではなく、己が選び、
己が定めた方向に向って、何処までも突き進み、探究して止まない精神
――そして、それをやり抜く実行力、これが本当の根性というものですね。

◆私は、よく新入社員教育や社員研修会などに呼ばれて話をしに行くのですが、その時に私は、
大学を出て皆さんは、これだけの一流会社に入られ、さぞ大きな希望を持っておられるだろう。
アメリカでは、新入社員に、「お前はこの会社に入社して、何を目標にしてやるのか」と聞くと、
「俺は社長になることが目標だ」と全部が全部そう言うという。目標を最高に置く、これは
素晴らしい事です。勿論、皆さんもそのくらいの意気込みをお持ちと思うが・・・・
ところが日本では、一流大学を出て試験を受けて大会社には入った場合、
社長はおろか重役になるのにも、そのパーセンテージは、千五百分の一か
千七百分の一という結果が出ている。
失礼だが皆さんの中からは、私は社長や重役はないかも出しれないと、真っ向から否定する。
そして、さあ、それだったら一体どう考えて、何処に目を置いてやったらいいのか。
その一つの答えとして、私は自分が戦闘機乗りになってから、
どう考え、どうやってきたかについて話をしてやるのです。

◆私はある事情から海軍兵学校には入れなかったから、一般志願兵学校から兵隊になった。
そして自分の望みを達して戦闘機乗りになり、どうやら下士官になった。よく考えてみたら、
海軍には、下は四等兵から上は大将、元師まである。
ところが私達のように兵隊からあがったものは、どんなに頑張っても、
どんなに手柄を立てても、どんなに勉強して優秀であっても、最高が少佐どまリである。
言うなれば、階級的値打ちが、ぴしゃっと決められていた。つまり私達が少佐になることは、
兵学校を出た人が大将になることよりも難しかった。

◆それなら俺は階級では勝負せんぞ、幸い願いかなって戦闘機の操縦桿を握らせて
もらったのだから、この道を掘り下げて、この道の達人になろう。
この操縦桿を握ってまず、自分の所属する隊一のパイロットになってやろう。
その次には、日本海軍一の戦闘機乗りになろう。そして出来たら日本一、
そしてもしも世界の桧舞台に出て、自分の力を試す時があったならば、
ひとつ世界一を狙おう。たとえそれが達成されなくてもいいではないか。
勿論達成するとは思わないが、その目標に向って精進する、その根性が大切なんだ。
こう考えて周りを見てみると、何処にでも日本一、世界一の座は転がっている。

◆あなたたちサラリーマンも、仕事を与えられたら、一係でもいいし、係長でもいい、
この仕事をさせてくれたなら、会社一を狙おう。そして努力しよう。それが出来たなら、
東京一の係長になれ。こう考えると世の中は希望と明るさで一杯になる。
社長や重役になるばかりが、何も人生ではない。
最高を狙って精進する。これこそ男の生き甲斐ではなかろうか。

『不屈の精神力』 生死をかけ闘いを生き抜いた人の『根性』平和な時代に生きてる私の『根性』字は同じでも『重さ・密度』が・・比べる事など出来ません、私なんかは軽いモンデス! 今思えば「競技者として」もっと々「一生賢明できたはず・・」と!!

『坂井三郎 氏』
2000年9月22日、厚木基地で催されたアメリカ海軍西太平洋艦隊航空司令部50周年記念祝賀夕食会で、来賓として自らの使命感を語り、食事を終えて、帰途についた際、気分の不良を訴えたため、大事をとっての検査入院中の同日夜に・・・、
静かに永眠:享年84歳。

検査中に主治医に配慮して「もう眠っても良いか」と尋ねたのが最期の言葉となった。
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by pv1434-1 | 2007-12-07 00:10 | 本&DVD/テレビ | Trackback | Comments(0)
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